死生観と銘打つほど大袈裟なものではないのだけど、
私が密かに常々考えている事を書いてみたいと思います。
私は生まれるのも、死ぬのも、その時というものがあると思います!天の時とでも言うのでしょうか?!
ですから、死にたい!死のう!と実行しても、その時が来ていなければ死ねない!
そして、死にたくない!生きたい!と思っても、その時が来れば死ぬのだと思います。
よく飛行機事故等で殆どの人が死んでも、中に1人か二人助かる事がありますよね、
同じような場所に座っていたとしても片方は助かり、もう片方は死んでしまった!
と言う様な事がありますよね、これはその時が来ていたか、来ていなかったか、と言う事だと思います。
ですから私は自殺だけはしません!その時が来ていなかったら自殺をしても失敗してしまう!
それだけなら良いのですが、後遺症として半身不随とか寝たきりになってしまうかもしれない!
これは死ぬより大変な事だと思いますから・・・・・・・
この時というものは死ぬ時ばかりでなく、人の一生の間の様々な出来事にも、定められた時!
というものがあるような気がします!結婚然り、出産然り、いろいろな出会い、そして別れ、
そういった節目には時があると思うのです!運命とか宿命とか言うのとはちょっと違うのです。
定められた運命、宿命のレールの上を歩いていくと言うのではありません。
生まれてくる日とか、生まれる場所、両親等は生まれてくる前に自分自身が選んでいるそうですが、
それから先つまり、生まれてからの生き方等は環境とか持って生まれたもの等で決まってくるが、
努力して変える事は出来るでしょう!ただ結婚等はやはり、その時!と言うものが
関係してくるような気がします。
そして死というものですが、死は終わりではないと考えています!
この世における生は終わりますが、私自身は存在し続けるのだと思います!
この世で黒猫クーピーとしての人生は終わるけれど、私は黒猫クーピーでもあるけれど、
私ははるか昔から私であった!つまり黒猫クーピーとしての肉体は消滅してしまうけれど、
肉体の中にいる私は肉体を脱ぎ捨てて本来の霊としての私に戻るだけなのだと思います。
これは私ばかりでなく全ての生命に当てはめる事が出来るのだと思っています。
猫でも、犬でも、その他の動物達も、現世の肉体を脱ぎ捨てて霊体となって霊界へ行くのだと思います!
そして霊界こそが本当の世界、本当の故郷なのではないか?と考えています。
何のために、この物質世界に生まれてくるのか?それは霊の進化の為なのだそうです!
霊と一口で言っても、低次元の霊から高次元の霊と様々です!
高次元の霊ならば霊界に留まって融合する事が出来ますが、低次元の霊はそうはいきません!
不協和音を発して弾き飛ばされてしまう!そこで又、物質界に修行の旅に出る!
つまり、再び、この世に誕生してくるわけですよね!また新しい人間として、この世で様々な経験を積んで、
霊としての自分自身を成長させなければならないのです。
修行と言っても別に荒行をするわけではありません!人として様々な経験を積む事が修行なのです!
人を愛する事!人を憎む事もあるでしょう!悲しみや苦しみ、喜び、それ等は全て魂と言うか霊にとっては
肥しになります!肥しなんてチョット例えが悪いですが、糧と言った方が良いかもしれませんネ!
人によっては、この世に遊びに来たと言ってもいいし、この世に苦しむ為に来たとも言えるでしょう!
娑婆世界こそ地獄と言う人もいます!私は多分、大介の死を目前にした時に、娑婆世界は地獄と
思っていたのかも??
地獄とまでは言いませんが、この世は、それほど素晴らしい場所とは思っていません。
いつか霊界へ帰って行ける日を心待ちしている!と言うのが正直な私の気持です。
早く帰りたいと思っていますが、さりとて自殺しようとは考えません!
与えられた課題(今生きていると言う事)はクリアーしないと!
与えられたと言う言い方は正しくないかもしれません!自分が自分に課したそうですから
このあたりはちょっとまだスッキリしていないのです!つまり輪廻転生は信じているのですが、
その仕組みとでも言うのでしょうか?命じられるのか?自発的なのか?
何か一定の法則の元に決まるのか?それは今のところこれだ!
と信じられる説にまだ巡り合っていませんので・・・・・・
自分で決めて選んで生まれてくる!と言うのは仏教的な考え方なんですけどネ!
何か宇宙全体を統括する様な方程式みたいなものがあるとか、法則があるとかで生まれてくると
考えたいのですが・・・・・・・
ちなみに私は無宗教なんです!どこの宗教団体にも属していません!
ですから祈るとなると神様!仏様!イエス様!アラーの神様!八百万の神々様!
と言う調子なんですが・・・・・
もしかしたら人々が神様と呼ぶ神様ではなくて、その様な存在は実在するかもしれない?と考えています!
人の形はしていない、何かエネルギーみたいな、目には見えない、そのようなものではないのかな??
ただ、大介や駐太郎、マイケルを見送った時は、この考えで乗り切れたのですが、死後に問題が生じたのです。
それは生まれ変わりの問題です!つまりね人でも猫でも何百回と生まれ変わっているとしたら、
いろいろな生を生きてきたわけでしょう?
そうすると私を例に取ると今は黒猫クーピーだけど前世は別の人間か猫だか何かであった!
そしてその前は、その又前はと辿れば私は私だけど黒猫クーピーの存在はぼやけてしまう!
同様に大介だって今生では大介と呼ばれた猫だったけれど、前世は?その又前世は?そして来世は?
と考えたら大介は今生限りで消滅してしまったと言う事になってしまう!
今、霊界にいるのは嘗て大介と呼ばれた猫であったこともある霊!と言う事になってしまうんだよね!
つまり私の愛した黒猫の大介はもう、どこにもいない!私の愛した駐太郎も、もうどこにもいない!
一度、そういう名で呼ばれた事もあった霊がいるだけで、その霊は猫ではないと思う!
だって人だとか猫だとか言うのは今生、この世の呼び方でありこの世限りの物なんだものね!
一期一会なんだろうなぁ〜!きっと!もう二度と会えないのかもしれないなぁ〜!
それは私が死んだ時に分かるのかもしれないなぁ〜!
死ぬ瞬間には脳内麻薬が大量に出て来るそうだから、その脳内麻薬が一番見たいと望む物を
見せてくれるんだそう!だから大介に会いたいと強く願っていたら会えるのかもしれない!
ありありとした幻を見ることが出来るのかもしれない!
今のところこのくらいかな?これから新しい説を見つけたら!
これだ!と思える新説を見つけたら紹介します!
